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日々是好日-道場での日々 Days in Dojo (Japanese only)

ホームページの管理人の日記です。

Index
 2019年  3月  20日  水田先生と吉沼先生の稽古
 13日  整理整頓
 3日  韓国からの家族
 2月  24日  梅一輪
 20日  子どもたちの挑戦
 18日  剣道研究会
 11日  いつか九州に
 9日  花巻の思い出
 6日  五段を頂いて
 1月  9日  形の稽古
 7日  稽古初め
 2018年の日記はこちら
 2017年の日記はこちら
2018/03/20

今日は稽古の人数が少なめで、八段2人、七段4人、六段1人・・と、私でした。剣道を始めてやっと12年目に突入したばかりの私ですが、自分のことはさておき、この日揃った先生方が充実した稽古をたゆまず積んでその場に立っていらっしゃることは薄々分かるようになってきました。

ピシッと伸びた背中、構えて立つ姿、機を捉えてすかさず打つ足、水田先生はもちろん、水田先生にかかる先生方の所作も稽古も私にはひとつひとつが勉強で、一瞬一瞬過ぎ去るのが惜しいくらいです。

剣道形の稽古が終わって最初に吉沼先生が水田先生にかかりました。吉沼先生はいつも稽古の最後まで稽古をお願いする人の列が絶えないため、ご自身はなかなか水田先生にかかる機会がなくて、お稽古を頂きながら申しわけなく思っていました。よかった!と思い、滅多に見られない稽古を見学させていただくことにしました。

稽古の後で吉沼先生は「息がどんどんあがっていって戻らないんだ。大変だったよ!」とおっしゃっていました。吉沼先生にかかる時の私もそれです!と心の中で叫びましたが、レベルがあまりに違うので、とても口には出せませんでした。

2018/03/13

「竹刀の手入れをしている時は楽しい」といつか水田先生がおっしゃった言葉を忘れられずにいます。稽古の後、そっと先生の竹刀を見せて頂くと、使い込んである竹刀でも、いつもきれいに拭いてあって、中結いもきちんと結んであって・・なんというか、「整っている」感じなのです。

振り返ってすべてがゴチャゴチャの自分・・会社の書類カバンと防具と着替えと竹刀とお茶のセットを全部道場に持ち込んで、帰る時にいつも収拾がつかなくなります。どうやって持ってきたんだろう?と真剣に悩みます。岡野先生は「待っててあげるから」とニコニコ、散乱している物を整理しながら渡してくれる初美さんのおかげでなんとか帰れる状態になります。

ちなみに竹刀の手入れも苦手です。
先生の竹刀がすべてを語っているのかもしれないと思います。自分の中も外も整えて来たるべき勝負を理路整然と迎え討つ、この落ち着きと余裕、万端の準備が私にはない!

先生の高みには全部がほど遠い私ですが、千里の道も一歩からといいます。まずはもう少し荷物を減らしてみよう・・と思う今日この頃です。

2018/03/03

スキー場のエレベーターで、ヨチヨチ歩きの小さなお子さんを連れた若いご夫婦と乗り合わせました。お母さんがお子さんに挨拶しなさいと促すように「アンニョンハセヨ」と言うと、手を引かれた小さな子は私を見上げてにっこり、私も慌てて「アンニョンハセヨ!」と笑顔で返しました。

韓国から来たのですか?と英語で聞くとお父さんが「Yes」と笑顔で答えてくれましたが、たぶん英語の会話はこの小さな子には分からない、なにかハングル語で言えないかなあと焦って頭の中を探しても、あと私がちゃんと言えるハングル語ときたら「オイペックハジュマラジュセヨ(きゅうりパックはやめてください)」だけなのです。

もっとハングル語を勉強しておけばよかった〜!と自分で自分にガックリしながら「楽しんでね!良い一日を!」と英語で言うと「あなたも」とご夫妻が微笑みました。

韓国と日本はいま政治的にはいろいろありますが、そのさなか、日本に小さい子を連れて来てくれる人もいて、こんな風に和やかに挨拶を交わせるんだと思って嬉しくなりました。草の根交流というのでしょうか、でも自分の目の前のお付き合いを大切にしていきたいなと思いました。

2018/02/24

ぽかぽかの陽気となった日曜日の午後、山崎先生の農園にうかがって柿の樹皮削りをしました。

時には先生とお喋りしながら、時には一人で黙々と樹皮を剥く、そんな時間が豊かで楽しいなあと思います。台所でジャガイモの皮を剥くのも、ゴボウの皮を剥くのもこんなに楽しくないのにどうして?と考えて、時間に追われて何をするにも「早く早く」と思い、自分の作業が遅いのに焦りながら暮らしていたことに気がつきました。

こんな風に目の前の作業に丁寧に向き合って、楽しんでするのは大切なことだなと思いました。

樹皮削りが終わってから先生と農園を横切って梅の花を見に行きました。「まだそんなに咲いていないんだよ」と山崎先生のおっしゃるとおり、花は日当たりの良い箇所で少し開いているだけでしたが、どの枝の蕾もこぼれそうに膨らんで、春の盛りの訪れを予告しているようでした。

山崎先生、どうもありがとうございました。

2018/02/20

先生の剣道着と袴をたたみながら「もうちょっと若い人も先生のお世話をしたらいいよね?」と千加代先生がぽつんと言ったひと言がきっかけで、最近子どもたちが水田先生の剣道着と袴をたたむのに挑戦しています。

帰りも遅くなるしどうかな?と思いながら、送迎してくれている子どもたちの親御さんに相談すると「勉強になります。ぜひやらせてください」と思いがけず積極的に賛成してくださり、ご本人たちにお願いすると「やります!」とニコニコ。

お父さんもお母さんも「教えていただいてすみません」と言ってくださいますが、私も男の子たちが男子更衣室に先生の袴を受け取りに行ってくれるので、もうお着替え中の先生方をびっくりさせないですむ・・と思うと逆に感謝です。

袴の紐と格闘している子どもたちに着替え終わった水田先生が「ほらほら、寒いぞ!遅くなっちゃうぞ!」と心配されながらもあれこれお話をしてくださいます。千加代先生が「もうちょっと若い人も」とおっしゃったのは、こうして先生の間近でいろいろなお話をうかがえるチャンスを若い人にも渡そうよという意味だったんだなと思い、肝心な時にひと言くださる千加代先生にあらためて感謝の念がわきました。

2018/02/18

水田先生が剣道研究会にいらして、今年も稽古の前にそのお話をしてくださいました。なんだか神々の世界を覗くようで、私は剣道研究会のお話を聴くのが好きです。

稽古は75歳以上の先生が元に立ち、若手の八段の先生方はかかる方に並ばれるのだそうです。私でも知っている有名な先生が何人もお話に出てきました。

先生ご自身も45分間並んで「水田まで」と言っていただいて稽古を頂くことができた、待っている間に小手の中に冷や汗をかきました、とおっしゃっていました。いつでも泰然自若というイメージの水田先生が冷や汗をかきながら見学する稽古ってどんなだろう!と思うと、透明人間になる薬ができたらまず剣道研究会に行ってみようと思います。

2018/02/11

水田先生が九州のお土産を道場の皆に買ってきてくださって、道場はまた嬉しい笑顔と先生へのお礼に溢れました。

私は一度も九州に行ったことがありません。関東生まれ関東育ちの私は修学旅行も奈良・京都でしたし、大学に進んでも貧乏学生に九州は目の回るほど遠い場所で、縁のないままでした。

ところが剣道を始めてから私の周りにだんだん九州出身の方が増え、最近よく「九州ってどんなところだろう?」と考えてしまいます。

まず水田先生が九州のご出身です。それから上司の前の職場が熊本大学でした。熊大の方とお話しする機会があると、女性もたいてい「小さい頃剣道をしていましたよ」と言うのです(そのあと「あんな辛いこと、大人になってからよくされますね~」と続きます)。水田先生が「九州で稽古している子はね、そこで休まないんだ。一本に対する執着が違うんだ」と道場の子どもたちに話しているのを後ろで聞き、子ども時代にたいてい一度は剣道を経験する環境なんだろうなあと考えると、九州の稽古って厳しいんだろうなと思います。

九州の稽古の厳しさを体験するには私のレベルが足りないかもしれませんが、水田先生を育み、また全国で活躍される先生方を育てた九州の地を、いつか一度この目で見てみたいなあと思います。

2018/02/09

亡くなった父は宮澤賢治が好きでした。父の遺品の宮澤賢治全集の横に並ぶこの4冊を手に入れた日、思わぬところで水田先生のお目にかかったのを思い出します。

父が亡くなって2年後の2014年夏、宮澤賢治記念館とイーハトーブ館を訪ねるために岩手に向かうことにしました。レンタカーの手配をし、宿を予約したことを話していたら「えっ、花巻に行くの。ちょうどその日が審査なんだよねえ!」とおっしゃる七段受審の先生が・・。

駅から体育館が遠い、という話になり、レンタカーで盛岡駅にお迎えに行って花巻総合体育館にお送りする約束となりました。

審査をちょっと見学したあと宮澤賢治の関連施設を回り、大満足で新花巻駅から新幹線に乗ろうとした時、改札からちょっと離れた場所に立つものすごく姿勢のよい背広の一団が視界の端に入りました。この暑いのになんと涼やかに立っている人達だろうと思いながら通り過ぎようとした時、七段受審の先生が「ほらほら、あそこの先生には挨拶しなくちゃだろ?」と止めるので、岩手県に知り合いはいませんけど?と思いながらよくよく目をこらすと、水田先生でした。

このビシッとした背広の一団は、七段六段審査の審査員の先生方だったのです。剣道の先生方と思わなかった私はよく見ようともしていませんでした。水田先生は、飛んできてご挨拶した私に驚きながらも「あ、そうか。審査の応援か」とニコニコされました。違います、ずっと来たかった宮澤賢治の旅に来たんです、と説明したかったのですが、宮澤賢治について延々話すには新花巻駅は暑すぎました。

蒸し暑い駅の構内で、2日間の審査でお疲れの後なのに静かに淡々と立っていらした先生方の姿を、これからもこの4冊を手に取るたびに思い出すと思います。

2018/02/06

今日、稽古の後で「毎日ホームページを見ているのに、どうして五段になったことを書かない!」と先生方に口々に言われてしまいました。水田道場で五段なんて、書かなくても・・と申し上げたら「そういうものではないよ」と諭されました。

たしかに私の場合、水田先生に教えていただくことがなかったら、五段を受審することなど考えられませんでした。水田道場に入門した時、私は二段で、打ちと踏み込みがまったくバラバラでした。道場を率いてもおかしくないような先生方がずらりと並ぶ水田道場でかなり異色の存在だったと思います。

けれども「初心者こそ最初に良いものを見た方がいいんだ」と言ってくださった先生がいて、「水田先生がさっきおっしゃってたこと、やってごらん」と見てくださった先生がいて、そして稽古の前後に笑顔であれこれ話しかけてくださった先生方がいてくださいました。できないこと満載でしたが、稽古に行くのは楽しみでした。

水田先生と先生方に頂いた段だと思います。嬉しいというより、この段に追いつかねばという気持ちです。幸運なのは、水田先生がそのために歩くべき道をはっきり指し示してくださっていることです。先生が「道から外れた時は引き戻す」と稽古の後のお話でおっしゃったことをいつも思い出します。

悩むことも迷うこともあると思いますが、先生を信じてこれからも頑張っていこうと思います。どうもありがとうございました。

2018/01/09

剣道形の面白さがちっとも分かっていなかったと思います。剣道形をひと通り憶えた頃の私は「あとは講習会で教えてもらった注意事項に注意しながらきちんとした形で技を出せるように練習すればいいのでは」と考え、剣道形ってなんだかちょっと退屈だなあと思っていました。

ところが水田道場の形の稽古は違うのです。水田先生がお手本と共に説明してくださることは「そうなの!?!?」「そうだったの!?!?」の連続です。「ヤー」と「トー」の一往復だけと思っていた打太刀と仕太刀のやりとりは実は一本の中で何往復もしていて、試しに突いてみていると思っていた七本目の気当たりはそんなものではありませんでした。

「はい、やってみて」と言われて、水田先生が今してくださった説明をどれだけ実現できるか・・水田道場の形稽古は一挙手一投足が緊張の連続です。今日は風邪でお休みの先生が多かったので、形の稽古は更に緊張感を増しました。私は息をするのも忘れるんじゃないかと思うくらい緊張しました。

でも、形って退屈だなと思いながら「やー」と木刀を振っていた頃に比べて剣道形は面白い!と思います。水田先生は「みな上手になったね」と笑顔で褒めてくださいましたが、もっとちゃんとできるようになりたいと思います。そうしたらまた更に面白いものが見えるのだろうかと思います。

2018/01/07

働き方改革の一環だそうで、毎年仕事始めの日に行われていた職場の「新年挨拶」が、今年は4日(金)ではなく7日(月)の終業後に行われました。

センター長と所長の挨拶を聞いたらもう飲食どころではありません。乾杯のために持っていたコップを仲の良い同僚に押しつけて、職場の玄関を飛び出しました。

道場に着くと、いつもの先生方がまるで昨日の続きのように準備運動を始めていました。水田道場の人たちは剣道に対してすごく真剣だと思います。高段の先生方は更に高いところを目指して必死ですし、私はその姿をせめて見失わないように必死です。稽古は厳しく、うまくできないまま失意のどん底で帰途につくこともあるのに、どうして道場に来ると「帰ってきた」と思ってホッとするのだろうと思います。

私の後からも仕事帰りの方が続々やってきて、稽古後の整列はだいぶ長くなりました。「仕事が始まったからね。遅刻したけど今日は来られたよ」と笑顔でおっしゃる先生方を見て、今年も頑張ろうと思いました。